回答

中学校のある短い期間、それこそ数ヶ月だったと思う。
ある一人の友達と朝から晩までずっと一緒にいた時期があった。

自分達に向けられる大人の暴言の数々、それに対する憤り、
何故分かってもらえないのか?
誰が敵で誰が味方か。
部活が終わってからも学校に残ってそんなことばかり話していた。
確か二人のチーム名みたいなものがあった気がする。
忘れてしまったけれど。

二人が夢中になったのは尾崎豊の歌だった。
オザキが訴える自由は僕らにとってリアルで、
酒とタバコとバイクに憧れた。

初めはそんな感じだった。

そのうち
内向きの、外へ向かう事のない話やディベートの真似事よりも、
もっともっと刺激的な新しい友達とのやり取りや、
気になる女の子ができて、
あっと言う間に僕らのチームは解散した。

放課後、僕のほうに来る彼を避けて、
つきあうことになった彼女と自転車を押して帰った。

それから表面上は付き合いがあったけれど、結局彼とはそれっきりになってしまった。

今僕はその頃感じたはずの、彼と語り合った大人との、他人との違和感について考えている。

誰かと何かを話しあうとき、何かが違う、
おかしいと感じるのだけれどそれを上手く伝えられないことがある。
反発ではなく同調であっても、自分の言葉を探して迷子になってしまうことがある。
気が付くと相手はもうそこに居なかったりする。

そういう事が続くと
話し合いが相互理解の場ではなく、
言いくるめられる、説得させられていると
感じるようになってしまう。

そんなときの武器はギターしかない。
オーバードライブの効いたジャジャーン。
あるいはオートバイ。
Gと空気抵抗を排気音と振動を伴う推進力で
前に前に進む鉄の塊。
そいつで、
色男が言う気の利いたセリフや、彼女につきまとうバレー部のキャプテンをたたっ斬る。

根底に、劣等感があるのかもしれないな。
と、思った。

~「夜明けのレクイエム」の一部の歌詞について~

くさなぎじゅりあん

“回答”のコメント

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  • すごくわかる。
    年々シンプルに出来てた事が出来なくなる。
    ギター鳴らしたりするとなんか忘れて
    その頃に戻ってるのかな!?

  • 私も二輪が好きで好きで生きがいです。仕事ではなく仕事で使う二輪が生きがいです。またライブ見に行きたくなりました。じゅりあんさんに会いたいです。

  • 「夜明けのレクイエム」、ほんとに好きです。
    離れてる季節があっても、またここに戻りたい、と思わせる何かがある。。。この歌に救われた時もありました。
    じゅりあんの言葉にはチカラがある。
    歌詞のことが解って嬉しいです。

  • 自分には話し合う相手がいなかったので、解りたいけど知らない世界です(*_*)。

    その友達への想いもいつか聞きたいな(^o^;。 

  • dora→そやね、ギターはまたちょっと違うかな。
    落書き。すると思い出すなー。
    ぼう→何の本だったか、主人公が自分の好きな言葉の響きを書き出すっていうのがあって、
    そういう意味で、バイクのことを「オートバイ」と言うのが好きです。

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